文明が生まれてしまったから

文明が何かを説明はできないが、すくなくともそれが欲求を充たすために、いまもっている以上の力を持とうとすること、それを活用しようとすること、であることはいえるかと思う。
寒さとか雨風から身を守る。猛獣などから身を守る。飲み水や食糧を確実に手に入れられるようにする。本来、生きていくために必要なのはそれでいいはずだ。
しかしできれば寿命を延ばしたいと医学や衛生面が発達する。もっと美味しいものをたくさん食べたいと工夫する。自然にある意味さからい、自然にたいしてのみならず、人間同士でも、協力し合うだけでなく競い合い、序列のような上下関係をつくったり、それで利害や優劣の意識をもったりしてきた。分業や組織化が生まれ、世の中とか社会と言われるものが発達しより精緻になっていく。
そういうものが文明というなら、それは科学と技術が飛躍して発達した近代社会で大きく広がった。現在の世の中を近代の延長とすれば、それは物質と精神と身体が、個人と集団と環境が、生活と文化と経済が、法と国家と政治と世界が、暴力と軍事力と権力と外交が、ーー奇妙に入り組んで、ひとつの物体のような生き物のような、状態になっているといえる。
もしそれらを多少、社会的な意味あいの感覚でいえば、カネと心と権力と暴力と法と人権と情報ーーこれらが密接に関わりながら共存しているような状況なのだといえるだろう。
いまの段階で世の中に力を持つものは何か。
まず人権を基盤にした法と正義だ。この場合の人権とは、とくに差別と暴力と格差に対する批判だ。それを是正するために法を作りあるいは改廃する、その精神的なエネルギーとなる正義の感覚。これがまず社会の基盤になっている。
次に経済と文化。この二つは生活そのものであり、しかもそれを支える土台だ。
三つ目は、国家と外交そしてそれに大きな影響を与える軍事力。つまりそれらを含めての国際環境だ。軍事と戦争は本来は否定されるべきものだとしても、現状においてのパワーである事実は否定できない。軍事と戦争のない平和な世界をめざすためにも、現実にあるものの認識はしておかねばならない。
それらを踏まえて考えると現在の世の中は、法と企業と国家と軍事力…これら四つの力(パワー)の交錯した綱引き関係で成り立っている社会だということができるだろう。
そして現代は、さらにそれらを根底から支え影響し合うものとして、情報とコミュニケーションがある。マスメディアのみならず、それ以上に影響力をもつともいえるSNSなどの双方向性の情報とコミュニケーションは、世の中を動かす全ての基盤になりつつある。
もちろんそれに従来の生の人間関係が大切なことは述べるまでもない。
それらを前提にした概念のもとに、繰り返しになるが、現代社会の仕組みの力関係を視る場合、法(人権の実現と保障)と企業(資本と生活文化を動かすもの)と国家(良くも悪くも権力体)と軍事力(軍隊や戦争)ーーこれらの関わり合いが社会の力関係の基本であるということはおさえておくべきだと思う。