非戦は愛国心と矛盾しない

メディアと個人を含めて「ウクライナは早く降伏すべきだ」という主張やムードがある。一方で「ウクライナ人の愛国心に感動した。ウクライナ頑張れ」という主張とムードもある。
前者は「早く降伏したほうがこれ以上の被害を出さずにすむ」という理由だろうし、後者は「侵略や支配に抵抗する自尊と自衛を素晴らしい」と思うのであろう。
降伏するしないはウクライナ国民の決めることだと思う。さらに言えば、ウクライナ国民のなかで、その1人ひとりの個人が決めることだと思う。
ウクライナ国民のなかには、武器を手にして戦う人もいるだろう。武器は持たず、武力以外の方法で闘おうとする人もいるかもしれない。いっさい戦わない、という人もいるかもしれない。早く安全なところに逃げようとする人がいる。逃げることはしたくないが、自分の住んでいるところを離れたくもない、という人もいるかもしれない。それはすべて、その人の自由だと思う。国家においては、その国の方針があるだろうし、政治指導者にはまたその考えがあると思う。
人々の気持ちや考えは、それぞれでいい。ただ、じっさいに戦闘で死傷者が出るのであり、また住民も被害を受けるのであるから、戦争はしてはならないし、おこなわれている戦争はすぐにやめるべきだ。
自分の生命(いのち)をかけて祖国を守ろうとする愛国心と、人命をすべての価値に優先する非戦は矛盾しない。
それぞれの人は、それぞれの思いがあり、自由だ。しかし戦争は人命を奪うから、いかなる理由でも戦争をしてはならない。大切なのは、戦争は絶対に悪であることを認識して、戦争を絶対にしないことだ。
たたかう愛国心と、戦争を絶対悪として否定する非戦は矛盾しない。