ねぇねぇ仲村(2)

特撮の好きな女性、若いOL…そのことじたいに対しては、特別な違和感もなければ、かといって特に好意的に思ったわけでもありませんでした。なんらかの感覚に引きずられるようにして、ドラマを観ていき、いつの間にかその世界に入り込んでいったというのが、いちばん正直な感想です。
第1話の物語が始まってまもなく主人公の叶が電車の中で老人に席を譲る場面がありますが、それに対しては、私は、もちろん肯定的に思ったことはたしかですが、ただものすごい衝撃というほどではありませんでした。特撮番組の主人公らしきヒーローがとつぜん車中にあらわれて倫理的な名言のようなことを言う。それは前日に叶が観た作品の中の台詞だったんですね。叶はそれで老人に席を譲るわけです。あらわれたヒーローは彼女の妄想だということはすぐわかるのですが。それで叶という人物が、自分が好きな作品やそのヒーローなど、自分の尊敬する者や感動した場面、台詞などをたんに物語の中のことだけで終わらせずに、現実のなかで自分自身の行動と生き方に反映させようとする、そういう人なのだということがわかります。私はそれにとても共感します。私自身も出来ればそういうふうに生きられたらとは思うタイプだからです。叶ほどには、ちゃんとそれをやることはできませんが。ただそのことは、好ましいことに思い共感しましたが、しかし驚くことではありませんでした。
驚いたのは、同僚から叶を評価する意味で「どうしたら仲村さんみたいになれるか、小野田くんにも教えてあげてよ」ーー小野田くんというのは、やはり叶の同僚で、叶からみて後輩ですね。それに対して叶は、なかばひとりごとのような感じで「特撮を観たらいいんだよ!」と言いますね。彼女は自分が特撮好きなことをみんなに隠しているのでーー隠す必要があるのだろうか?といった問題はまたべつにして、ーーだから彼女はホンネをひとりごとのように、みなには聞こえないように言うわけですよね。
でもそれが「特撮を観たらいいんだよ」というのには驚きました。それを聞いて、思わず「え?」という感じになりました。考えてみれば、叶は特撮ヒーローに憧れ、その台詞や行動に強い影響を受けているのですよね。そしてそれは彼女自身もヒーローのような生き方をしたいと思っている。であれば、彼女が人生観に最も大きな感銘や影響を受けている特撮のことを考えることは、これは当たり前なわけですね。でもこれは私があとになってから、あらためて考えて判ったことです。そのときは瞬間の感覚で「え?特撮?」「そこでなんで特撮なの?」って思ったのですよ。
私がもし特撮好きであったらーーま、特撮オタクというほどではないとしてもですねーーある程度、特撮が好きであったら、叶の「特撮を観たらいいんだよ!」と聞いても、べつに違和感は感じないと思います。違和感を感じないどころか「その通り!」と積極的に同意するかもしれません。
でも私は、べつに特撮を嫌いではないし、なかには好きな特撮もあります。自分も子供の頃は、とくに6、7歳くらいまでは、時代はだいぶ違いますし、もちろん特撮の技術なども現在のように発達してはいなかったでしょうが、でもその時代なりの特撮やヒーロー番組を夢中になって観ていた記憶があります。でもいつのまにか特撮から離れて、その後おとなになって何かの機会で特撮に触れることがあっても、懐かしいという気持ちはあっても、やはり昔のように夢中になったり当時と同じような感覚で観ることはできません。それがおとなが、しかも女性が、即座に「特撮」という言葉がでたときに「そこで特撮?!」と思ったのです。
たしかに、おとなで特撮を好きな人はいるとは思っていました。特撮好きな女性がいることを知らないわけでもありませんでした。でもやはり、気持ちの底では、「そうはいっても、やはり特撮を好きなおとなや女性は少ないだろう」という感覚があったのですね。だから「トクサツガガガ」は衝撃だったのですよ、やはり。しかしだからこそ逆に、「トクサツガガガ」というドラマにこれほどのめり込み、仲村叶という主人公にこんなに興味をもったのだと思います。もし仮にそうでなければ、仮定のことですがーーおそらくこれほどこの作品と主人公にたいする関心と愛着は生まれなかったと思います。
意外性というのは、もちろんそのものごとやそのときの状況などにもよるでしょうが、場合により、新たな興味や関心の生まれるきっかけになるのだと思いました。