非戦・戦争放棄そして平和

ウクライナ=ロシア戦争が続いている原産地こそ、第九条の理念と実践が生かされるときはないと思う。
第九条を難しく考える必要はない。それは非戦・戦争放棄・平和である。
非戦とは「戦わない」こと、戦争放棄とは「戦争をしない」こと、そして平和は「戦争や争いが」ないことだ。これらの単純だが崇高な理念と実行をめざしていけばいいことである。
国家は戦わない。その理由や目的を問わず、戦争をいっさいしない。言葉や表現にとらわれずに、戦争や紛争、軍事力による争いを避け、平和な世の中をめざす。それが第九条に記されている内容の大意であり、世界に求められることだと思う。
ウクライナ=ロシアの戦争において、たしかにそこにさまざまな要素はあるだろう。国際法もあるし各国の思惑があり、利害や感情もあるだろう。しかしそれらのことに気をとられ過ぎると肝心なことを見落としがちになる。いろいろな名目や理屈が関わってくると、「それでは戦争もやむを得ないのだろうか」と、つい思ってしまいがちになる。しかし戦争は絶対にしてはいけないのだ。いろいろな理由があり事情があるのは判るが、しかし「それでも戦争はいけない」と言い続けることが大事なのである。それでも戦争は、殺し合いである。国を挙げての国家と国家との殺し合いである。それは多くの人々の生命を奪い、破壊をもたらし、そして悲しみと憎しみを生み出す。第九条は戦争によって生まれた。しかしそれは結果として生まれたものが良いものであったということであって、だから戦争がよかったわけではない。だから戦争が必要であったわけではない。まして、だから戦争をしてよかった、などということは、まったく言えない。ー、戦争はしないほうが余暇がだ。戦争そのものは絶対に、いけないことなのだ。
戦争に条件をつけてはいけない。どんな戦争であっても、それが戦争であるかぎり悪なのだ。このことをしっかり認識して、つねに「戦争をするな」「戦争をやめろ」と言い続けることが必要なのだ。「戦争の放棄」は世界に共通させるべき真理である。