冷静は終わっている

新冷戦の時代などとメディアは言うことがあるが、これはメディアの商売用のフレーズだ。冷戦は、とっくに終了している。

民主主義VS権威主義という言い方は、かつての資本主義VS社会主義や、あるいは自由主義社会VS全体主義社会、といった言い方の置き換えだろう。

資本主義・自由主義を「民主主義」に変えて、社会主義全体主義を「権威主義」に変えたわけだ。

おおざっぱに考えれば、社会体制から「社会主義」が基本的に消えたということだ。社会主義という言葉は、主として経済政策の具体的な施策の代名詞に使われるようになった。たとえば福祉政策や産業の公有化などだ。社会主義は、民主主義という概念のなかに吸収されたとも言える。

つまり、いま言われる民主主義は、かつての単に政治システムや個別の社会の問題ーー「民主」教育とか、「男女の同権」とか、「職場の民主化」とかーーとくに戦後まもなくの日本が、占領軍の指導のもとに行われた、戦前の日本の「封建的な制度や意識」からの解放といったことよりも、ーー根源的な価値としての「自由」と、経済の「資本主義」と、そして経済政策としての「社会主義」と、…これらを総合した概念が現代いわれているところの「民主主義」なのであろう。そして対立概念が権威主義なのではないかと思う。

ではその根底にある基本理念的なものは何であろうか?

おそらくそれは人道主義だと思う。政治システムや経済政策、社会や文化の多様性といったことが、今後もますます問われていき、またその内容も複合的で包含化されていくだろう。ただ、その土台になる考えは、人道の精神ということになるのだと思う。

人道主義とは、愛の普遍化である。