個人・仲間・共同体

人間の核は個人だ。個人は他者と生きなければ存立できない。それは身近な利害関係が強く感じられ、協力関係が日常に実感でき、感情の共感と共有がある、それが仲間感覚だ。それを時間と空間、つまり時と場を共に生きている感覚が恒常的であるとき、その状態のことを共同体という。それは血筋や家や名称にこだわらない。絆と共通の活動があれば、それは共同体といえる。家族はその1つの形式だ。ひとが家族を作るのは、子孫を残すためではない。それは結果だ。ひとは寂しさと不自由さを緩和・解消するために家族を作るのだ。そこに社会的な意味はない。共同体が社会の構成の1つになるのだ。そして共同体で人間は、人類の構成員となるのである。