妄想妄言(2)

人間の生理、いや動物の本能…そういうことは、お公家さんには解らなかった。身体の機能、脳の構造やホルモンや、そのほかにもさまざまな化学変化等が作用して、ひとの感性や感情、思考や判断などもシステムとして活動をしているのであろうとは思うが、具体的に何がどのように、ということは解らなかった。
風が冷たいーもうすぐ2月になり暦の上では春になるのだろうが、まだまだその実感はない。平安中期の京都の寒さを知っている公家ではあるが、21世紀の東京でも、やはり肌を突き刺す空気の冷たさは感じずにはいられなかった。「春は冬の忘却の置きみやげか」公家の頭にはそんな言葉が聞こえた。
想念かなにかは判らないが、若いときの「理想」というものが、古来からどのように思われてきたかを考えていた。個人差があり一概には言えないが、なぜ理想主義的な思想は若者から生まれるのだろうか?今さらと思いながら公家は苦笑した。苦笑した自分のことがまたおかしかった。ーそんな年齢でもあるまい、もう。残念ながらもうそんな年齢はとっくに過ぎているだろうに。しかしまあそれはいい。
若いときは世間知らずだからか、親のすねかじりで現実を知らないからか、足下をみないで、抽象的な理念に一足飛びに目的にたどり着けると思っているからか、要は単純に経験不足なのか、ー理想を夢みる若者にかぎって、大人になって社会にもまれると掌を返したように「現実主義」になる。それは昔から知られていることだ。
風がまた吹いた。気のせいか、さっきよりは少し冷たさが和らいでいるようにも感じた。
公家はまた思った。…理想は若者から生まれる。若者からしか生まれない。その理想は必ず砕かれる。…だからそれは若者から生まれるのだ。砕かれても消えることがないからだ。