妄想妄言(3)

公家は錐揉みに旋回しながら中空に上っていた。眼下には都庁舎のツインタワー型のビルがある。シャシャシャシャシャシャシャっ!…大気が切れた。
味噌汁の中に浮かぶ木綿ごし豆腐を箸先で摘まむと公家はそれをおちょぼ口に運んだ。昔は絹ごし豆腐のほうが好きだった。いまでも絹ごしは好きだが、茄子といっしょの味噌汁には木綿ごしのほうが合っているようにも感じるようになってきた。「うまい」と言うと公家は、ふふふっと笑った。
いったい「高潔な人格」などというのは何だろう?…誠実?勇気?博愛?正直?自己犠牲?ーそれらはすべて生物が「生きること」「自己とその子孫を守ること」の反対のことだ。ずるいこと、卑怯なこと、臆病なこと、身びいきやえこひいきすること、長いものには巻かれろ、損得と打算で相手を乗り換えるーすべて生存と自己保存という生物本来の在り方ではないか。人間は最も愚かな生き物だ。生物として当然のことが、悪や罪として批判の対象になる。愛・正義・自由…それらは自滅の論理ではないか。それを道徳として信奉しようとしてきた人類は、その存在じたいが大きな矛盾だ。
公家は真空になった。