公家物語(8)

…ああ、ウトウトしてしもうた…
公家は目をしょぼつかせながら思った。3メートルほど離れた所には女性が1人腰掛けている。50歳を少し越えているぐらいの顔はガサツだが体型は細身で全体にはシャープな感じの人だ。彼女は立ち上がると傍にあったナップサックを背中に背負うと「私次の約束があるんで、そろそろ行きます」と言った。「すんません。ホにゃホにゃしてしまって…」公家も立ち上がると彼女はそれを制する感じで「かまいません。ただ、お公家さんにはやっぱり、事務処理や制度のことは向かないみたいですね」と言ってサックをすとんと背負い直した。「はァ…どうも」公家は、なんとも曖昧な返事をした。自分で、まあうだと思っているのだ。「それじゃあ」と言って彼女は扉を開けて帰った。
公家はテーブルの上にある資料を畳むとふっと小さく溜め息をついた。公家はホにゃホにゃの脳ミソでぼんやり思った。ー世の中が広くなれば、人と人との関係は薄くなる。機構的にならなければコトは進まない。そのためには法や制度や、それを具体的にするための書類や契約、記録や計算、パソコンの操作など、そういうことが必要になる。ーわかってはいるつもりなんだけど…でもなあ…
公家は事務所のあるビルを出ると、国道沿いの街路樹をとぼとぼと歩き始めた。木々には枯葉ひとつ残っていない。百メートルほど先の交差点の信号が赤に変わった。反対に車道の信号が青になった。濃い水色に近い信号の光が、薄い靄のかかったような夕暮れのなかで妙に美しく感ぜられた。